1.2025年度事例Ⅰのテーマ予測の総論
過去5年間(2020~2024年)の中小企業診断士の事例Ⅰを分析すると、事業承継・後継者育成と環境変化への組織対応が一貫したテーマであり、毎年異なる業種で時事性の高い経営課題が問われています。2025年の経営環境では、「2025年の崖」に代表されるDX推進の緊急性、大阪・関西万博による地域経済活性化、物価高と価格転嫁問題、生成AI活用、女性活躍推進、リスキリング支援といった政策・社会トレンドが顕著です。中小企業白書2025では「経営力」が重点テーマとされ、特に組織・人材面での課題解決能力が強調されています。
これらを踏まえ、2025年度事例Ⅰでは以下の3テーマを予測します。いずれも過去出題されていない切り口で、2025年特有の時事性と組織人事課題を反映した内容です。
- 製造業のDX推進とAI人材育成
- 地方観光業の大阪万博活用と女性リーダー育成
- 小売業の価格転嫁戦略とギグワーカー活用
以降は、テーマごとの概要と背景、与件文及び問題、解答案について記述しますのでご一読ください。
2.テーマ:製造業のDX推進とAI人材育成による組織変革
2-1.テーマ概要と背景
業種: 中小製造業(精密機械部品加工業)
企業規模: 従業員約80名、年商15億円
立地: 地方都市の工業団地
時事的背景との関連性:
2025年は「2025年の崖」が現実化する年。経済産業省が警告してきたレガシーシステムの限界と、DX対応の遅れによる経済損失リスク(年間最大12兆円)が顕在化しています。特に中小企業では、IT人材の不足や老朽化したシステムの放置が深刻で、DXを推進できる人材の絶対数が不足しています。調査によると、国内企業の約8割が「DX人材不足」を課題として認識しており、中小企業においてはこの傾向が顕著です。
政府は「中小企業リスキリング支援事業」を本格化させ、人材開発支援助成金やリスキリング補助金を拡充して、中小企業のデジタル人材育成を後押ししています。また、生成AIの急速な普及により、業務効率化や生産性向上の具体的な道筋が見えてきました。ChatGPT等の生成AIは2023年以降わずか1年で業務活用の現実解となり、中小企業でも低コストでDXを一気に進められる環境が整っています。
中小企業白書2025では、「経営力」の重要性が強調され、特に「組織人材面」での課題として、経営理念の共有、業績情報の開示、従業員を大切にする人材経営が業績向上に寄与すると分析されています。また、企業規模拡大には経営者と共に支える経営人材やDX人材の確保が重要と指摘されており、本テーマはまさにこの政策方針と合致します。
働き方改革の文脈では、2024年から物流業界で適用された時間外労働規制が他業種にも波及しており、製造業でも生産性向上と労働時間短縮の両立が求められています。DXとAI活用による業務効率化は、この課題への実践的な解決策となります。
2-2.与件文
A社の概要と沿革:
A社は、地方都市の工業団地に立地する精密機械部品加工業である。創業は1975年、現社長の父(創業者)が町工場として設立し、自動車部品や産業用機械部品の精密加工を手がけてきた。創業者は職人気質で、高い技術力と品質にこだわり、大手メーカーから信頼される下請け企業として成長した。現在の従業員数は約80名、年商は15億円規模である。
現社長(58歳)は創業者の長男で、2000年に入社し2010年に二代目社長に就任した。大学で機械工学を学び、大手メーカーで生産管理を経験した後、家業に戻った。社長就任後は、設備投資による生産能力向上や品質管理体制の強化に取り組み、ISO9001認証も取得した。しかし、基幹システムは創業者時代に導入した20年以上前のレガシーシステムのままで、受発注管理、在庫管理、工程管理がそれぞれ独立したシステムで運用されており、データの一元管理ができていない。また、設計図面は紙図面とCADデータが混在し、熟練工の経験と勘に頼る部分が大きい。
経営環境の変化と課題:
近年、A社を取り巻く環境は大きく変化している。第一に、顧客である大手メーカーがグローバル競争の激化により、さらなるコストダウンと短納期を要求してきている。第二に、熟練工の高齢化が進み、60歳以上のベテラン技術者が従業員の3割を占める一方、若手社員は入社しても定着せず、技術継承が課題となっている。第三に、原材料価格の高騰と人件費上昇により、利益率が低下している。
A社の基幹システムは老朽化しており、システム間のデータ連携ができないため、納期管理や在庫管理で手作業が多く、ミスや非効率が発生している。また、ベテラン技術者の経験知がブラックボックス化しており、品質トラブルが発生した際の原因究明に時間がかかる。現社長はDXの必要性を認識しているが、「システム投資の費用対効果が見えない」「社内にITを理解できる人材がいない」という理由で、抜本的な改革に踏み切れずにいた。
後継者と新プロジェクトの始動:
現社長の長女(30歳)は、大学で情報工学を専攻し、IT企業でシステムエンジニアとして5年間勤務した後、2023年にA社に入社した。長女は「このままでは会社が立ち行かなくなる」という危機感から、父である社長にDX推進を提案し、2024年に「DX推進プロジェクト」のリーダーに任命された。プロジェクトメンバーは長女を含む若手社員5名で構成され、既存の組織から独立した横断的なチームとして活動している。
長女はまず、経済産業省のDX推進ガイドラインや中小企業向けリスキリング支援制度を調査し、外部のITコンサルタントとも連携して、A社のDX戦略を策定した。具体的には、①レガシーシステムの刷新と統合基幹システム(ERP)の導入、②生成AIを活用した業務プロセスの効率化、③ベテラン技術者の暗黙知のデータベース化、④全社員へのデジタルリテラシー教育、の4本柱である。
特に注目すべきは、生成AIの活用である。長女は、ChatGPTを用いた見積書作成の自動化、画像認識AIによる製品検査の補助、ベテラン技術者のノウハウをAIチャットボット化する取り組みを提案した。これにより、事務作業時間を半減させ、若手社員でもベテランの知見を参照できる環境を整える狙いである。
組織内の抵抗と説得:
しかし、プロジェクトは順風満帆ではなかった。ベテラン技術者の中には「AIに仕事を奪われる」「これまでのやり方で問題ない」と抵抗する者もいた。また、中高年の事務職員は「新しいシステムを覚えられるか不安」と消極的な反応を示した。長女は、経営層や現場との対話を重ね、「AIは仕事を奪うのではなく、単純作業から解放し、より付加価値の高い仕事に集中できるようにする道具である」と説明した。
また、リスキリング支援制度を活用し、全社員を対象にデジタル基礎研修を実施した。ベテラン技術者には「あなたの技術をAIに教えることで、次世代に継承できる」とメッセージを発信し、協力を得た。中高年社員には段階的にシステムを導入し、サポート体制を充実させることで不安を軽減した。
現社長は、長女の推進力と外部専門家の助言を受け、2025年度中に統合基幹システムを本格稼働させ、生成AI活用を全社展開する方針を決定した。また、長女を次期社長候補として位置づけ、経営会議への参加や取引先への同行など、権限委譲を進めている。
今後の展望:
A社は、DX推進により、①受発注・在庫・工程管理の一元化による業務効率化、②AI活用による生産性向上と品質安定化、③デジタル人材の育成と組織文化の変革、を実現し、競争力強化を図る。また、長女が中心となって新規顧客開拓や新製品開発にも挑戦し、下請け体質からの脱却を目指している。DXは単なるIT化ではなく、組織全体の変革であり、A社はその先駆けとなることを期待されている。
2-3設問と解答例
2-3-第1問
【設問】
A社が長年DX推進に踏み切れなかった理由を、組織と人材の観点から100字以内で説明せよ。
【解答例】
レガシーシステムの刷新に費用対効果が見えず経営判断できなかったこと、社内にITを理解できる人材が不在で推進体制を構築できなかったこと、ベテラン技術者の経験と勘に依存する組織文化が変革を阻害したため。(99字)
【解答の根拠】
与件文に「システム投資の費用対効果が見えない」「社内にITを理解できる人材がいない」とあり、経営判断の困難さと人材不足が明示されています。また、「熟練工の経験と勘に頼る」という記述から、職人気質の組織文化が変革抵抗要因となっていることが読み取れます。中小企業白書2025でも、DX推進の課題として「費用の負担」と「DX人材不足」が上位に挙げられています。
2-3-第2問
【設問】
長女を独立したDX推進プロジェクトのリーダーに任命した経営上の狙いを、組織戦略の観点から120字以内で説明せよ。
【解答例】
既存組織の職人気質や年功序列の文化から切り離し、若手中心の柔軟な発想でDX戦略を立案・実行させること。また、後継者候補である長女に経営視点と変革推進力を身につけさせ、新規事業創出や組織改革を主導できるリーダーへ育成するため。(119字)
【解答の根拠】
2020年事例Ⅰ(酒造メーカー)や2024年事例Ⅰ(物流業)でも、後継者を新規プロジェクトのリーダーに任命して権限委譲する事例が出題されています。与件文では「既存の組織から独立した横断的なチーム」とあり、組織の慣性を排除する意図が読み取れます。また、「長女を次期社長候補として位置づけ」という記述から、後継者育成が明確な狙いであることがわかります。
2-3-第3問
【設問】
A社が生成AIを活用した業務効率化を進める際、ベテラン技術者や中高年社員の抵抗を乗り越え、全社的な協力を得るために長女が取った施策の要点を、人材マネジメントの観点から150字以内で述べよ。
【解答例】
AIは仕事を奪うのではなく単純作業から解放する道具と説明し、ベテランには暗黙知のAI化で技術継承に貢献できると動機づけた。中高年社員には段階的導入とサポート体制で不安を軽減した。リスキリング支援制度を活用し全社員にデジタル研修を実施し、デジタルリテラシー向上を図った。(149字)
【解答の根拠】
与件文に、長女が「AIは仕事を奪うのではなく、単純作業から解放し、より付加価値の高い仕事に集中できるようにする道具」と説明したとあります。また、「あなたの技術をAIに教えることで、次世代に継承できる」というメッセージでベテランの協力を得たこと、「段階的にシステムを導入し、サポート体制を充実」させたことが明記されています。リスキリング支援事業は2025年の重要政策であり、人材開発支援助成金の活用が現実的な施策です。
2-3-第4問
【設問】
A社がDX推進により実現を目指す組織能力の変化について、「業務効率化」と「組織文化変革」の2つの観点から120字以内で説明せよ。
【解答例】
業務効率化では、統合基幹システムとAI活用によりデータ一元管理と自動化を実現し生産性を向上させる。組織文化変革では、経験と勘に依存する体質から、デジタル人材が活躍しデータに基づく意思決定ができる組織へ転換し、イノベーション創出力を高める。(120字)
【解答の根拠】
与件文の「今後の展望」に、「受発注・在庫・工程管理の一元化による業務効率化」「AI活用による生産性向上」「デジタル人材の育成と組織文化の変革」が明記されています。中小企業白書2025でも、デジタル化による生産性向上と、オープンな経営による組織文化改革が業績向上に寄与すると分析されています。
2-3-第5問
【設問】
A社が長女を後継者として育成する際、DX推進プロジェクトを通じて習得させるべき経営者に必要な能力を、80字以内で述べよ。
【解答例】
変革推進力、組織内調整力、外部専門家との連携力、データに基づく意思決定力、新規事業創出力、従業員の不安に寄り添い動機づけるリーダーシップ。(78字)
【解答の根拠】
与件文に、長女が「経営会議への参加や取引先への同行など、権限委譲を進めている」とあり、経営者としての実践的訓練が行われています。また、「新規顧客開拓や新製品開発にも挑戦」とあり、新規事業創出が期待されています。中小企業白書2025では、経営者の「個人特性面」として異業種ネットワークや学び直しが業績向上に寄与するとされ、長女がITコンサルタントと連携している点はこれに該当します。
3.テーマ:地方観光業の大阪万博活用と女性リーダー育成
3-1.テーマ概要と背景
業種: 地方の老舗旅館業
企業規模: 従業員約50名(正社員20名、パート・アルバイト30名)、年商3億円
立地: 近畿地方の温泉地(大阪から特急で約2時間)
時事的背景との関連性:
2025年は大阪・関西万博が4月13日から10月13日まで開催され、約2,820万人(うち訪日外国人約350万人)の来場が見込まれる世界規模のイベントです。政府試算では経済効果は約2兆円とされ、大阪のみならず関西全域、さらには瀬戸内や中国地方への波及効果が期待されています。香川県など近隣県では、万博と同時期開催の瀬戸内国際芸術祭2025との連携により広域周遊観光を推進しており、地方観光業にとって千載一遇のチャンスとなっています。
女性活躍推進の観点では、2025年度も「女性版骨太の方針2025」が推進され、女性活躍推進法の対象企業拡大や助成金制度の充実が図られています。中小企業においても女性管理職の登用や女性後継者の育成が重要課題とされており、政府は中小企業のダイバーシティ経営を後押ししています。観光業は女性従業員が多い業界であり、女性リーダーの活躍が期待されます。
健康経営・ウェルビーイング経営も2025年の重要トレンドです。「健康経営優良法人2025」の認定制度では中小規模法人部門が拡充され、「ブライト500」「ネクストブライト1000」といった顕彰制度が新設されました。大阪万博でも「健康とウェルビーイング ウィーク」が開催され、従業員の健康管理を経営視点で捉える企業が増えています。旅館業は長時間労働やシフト勤務が多く、従業員のウェルビーイング向上が課題です。
地方創生SDGsの推進も継続しており、地域資源を活かした持続可能な観光業が求められています。2020年事例Ⅰの老舗酒造メーカーでは、インバウンド需要を取り込む地域活性化ビジョンが問われましたが、2025年は万博という具体的なイベントを契機とした戦略が焦点となります。
3-2.与件文
B社の概要と沿革:
B社は、近畿地方の温泉地に位置する老舗旅館である。創業は1920年、現社長の祖父が開業し、地元の温泉を活かした癒しの宿として100年以上の歴史を持つ。客室数は30室、従業員は正社員20名、パート・アルバイト30名の計50名である。年商は約3億円で、地域では有力な観光事業者として知られている。
現社長(65歳・男性)は創業家の三代目で、1985年に入社し1995年に社長に就任した。バブル期には団体客で賑わったが、バブル崩壊後は観光客が減少し、厳しい経営が続いた。現社長は、施設のリニューアルや料理の質向上、インターネット予約の導入などに取り組み、徐々に経営を立て直してきた。しかし、近年は施設の老朽化、従業員の高齢化、新規顧客獲得の難しさなどの課題を抱えている。
経営環境の変化と万博の機会:
2019年までインバウンド観光が好調で、B社にも訪日外国人客が増加していたが、2020年のコロナ禍で観光業は壊滅的な打撃を受けた。B社も休業や時短営業を余儀なくされ、売上は半減した。政府の支援金や地元自治体の協力でなんとか持ちこたえたが、従業員の離職も相次いだ。
2023年以降、コロナが収束しインバウンドが回復する中、2025年の大阪・関西万博が大きなビジネスチャンスとして浮上した。B社が立地する温泉地は大阪から特急で約2時間の距離にあり、万博来場者が関西周遊の一環として訪れることが期待される。地元観光協会も万博との連携プロモーションを展開しており、B社もこの波に乗ろうとしている。
しかし、B社には課題があった。第一に、施設の老朽化である。客室の一部は昭和の面影が残り、外国人客が求めるWi-Fi環境や洋式トイレが不十分であった。第二に、多言語対応である。英語対応ができるスタッフが限られており、外国人客への接客に不安があった。第三に、従業員の負担増である。万博期間中は繁忙期となるが、現状のスタッフ体制では対応しきれない恐れがあった。
女性後継者の登場と改革プラン:
現社長には息子がいたが、別の道に進んでおり後継の意思はない。一方、長女(35歳)は大学で観光学を専攻し、大手ホテルチェーンでフロント業務やマーケティングを10年間経験した後、2020年にB社に入社した。長女は、コロナ禍でB社が苦境に陥る様子を見て、「家業を守りたい」と決意し、夫とともに地元に戻ってきた。
長女は入社後、オンライン予約システムの改善や SNSを活用した情報発信に取り組み、若年層やファミリー層の顧客獲得に成果を上げた。また、女性目線での客室リニューアル提案や、地元食材を活かした新メニュー開発にも関わり、顧客満足度が向上した。現社長は長女の手腕を評価し、2024年に副社長に任命し、万博対応プロジェクトのリーダーに指名した。
長女は、万博を契機としたB社の改革プランを策定した。具体的には、①客室の一部を外国人対応型にリニューアル(Wi-Fi完備、洋室化、多言語案内)、②英語・中国語対応スタッフの育成とAI翻訳ツールの導入、③万博来場者向けの特別宿泊プランと地域周遊ツアーの開発、④従業員のウェルビーイング向上施策(労働時間管理、メンタルヘルスケア、福利厚生充実)、の4本柱である。
特に注目すべきは、女性・外国人・シニアなど多様な人材の活用である。長女は、近隣の大学で観光学を学ぶ留学生をアルバイトとして採用し、外国人客への接客や多言語対応を担わせる計画を立てた。また、地元のシニア人材(元教師、元ガイドなど)を観光案内役として活用し、地域の歴史や文化を伝える「おもてなし」を強化する狙いである。さらに、女性従業員が多いB社では、育児や介護と両立できる柔軟な勤務体制を整備し、働きやすい職場環境を実現することで、従業員の定着と満足度向上を図った。
組織内の調整と社長の決断:
しかし、改革には抵抗もあった。古参の男性管理職の中には、「女性が経営の中心になるのは不安」「外国人スタッフを入れて大丈夫か」と懐疑的な声もあった。長女は、経営会議で万博の経済効果や他地域の成功事例を丁寧に説明し、データに基づく説得を行った。また、従業員との対話を重視し、改革の目的は「B社と地域の未来を守ること」であると共感を得た。
現社長は、長女の情熱と具体的なプランに感銘を受け、2025年度中にリニューアル工事を実施し、万博期間中に新体制で営業する方針を決定した。また、長女を次期社長として正式に位置づけ、金融機関や地元自治体、観光協会との交渉も長女に任せ、権限委譲を進めている。
今後の展望と地域への貢献:
B社は、万博を契機に、①外国人客を含む新規顧客層の獲得、②多様な人材が活躍できる組織体制の構築、③従業員のウェルビーイング向上と定着率改善、④地域全体の観光振興への貢献、を実現し、持続可能な経営を目指す。長女は、万博終了後もインバウンド需要を維持するため、海外旅行会社との連携や、地域の他事業者(農家、工芸家、飲食店)とのコラボレーションによる体験型観光商品の開発にも意欲を見せている。B社の挑戦は、地方観光業の新たなモデルケースとなることが期待されている。
3-2.設問と解答例
3-2-第1問
【設問】
B社が万博を契機とした改革を進める上で、長女を副社長兼プロジェクトリーダーに任命した経営上の狙いを、事業承継の観点から100字以内で説明せよ。
【解答例】
大手ホテルで培ったマーケティング力と女性目線の感性を活かし、外国人客対応や新規顧客開拓を主導させること。また、万博という大規模プロジェクトの実践を通じて経営判断力とリーダーシップを身につけさせ、次期社長への移行を円滑にするため。(119字)
【解答の根拠】
与件文に、長女が「大手ホテルチェーンでフロント業務やマーケティングを10年間経験」とあり、専門性を持っています。また、「次期社長として正式に位置づけ」「権限委譲を進めている」という記述から、事業承継を見据えた育成が明確です。2023年事例Ⅰ(飲食店統合)でも、長女をプロジェクトリーダーに据えた後継者育成が出題されています。
3-2-第2問
【設問】
B社が万博期間中の繁忙期に対応するため、女性・外国人・シニアなど多様な人材を活用する施策の要点と、その組織人事上の効果を150字以内で述べよ。
【解答例】
留学生アルバイトを採用し多言語対応力を強化し外国人客の満足度を向上させる。地元シニアを観光案内役に起用し地域文化の伝承とおもてなし力を高める。女性従業員には育児・介護と両立できる柔軟な勤務体制を整備し定着率を改善する。多様な人材が活躍できる組織文化を醸成しイノベーション創出力を高める。(149字)
【解答の根拠】
与件文に、「近隣の大学で観光学を学ぶ留学生をアルバイトとして採用」「地元のシニア人材を観光案内役として活用」「育児や介護と両立できる柔軟な勤務体制」と具体的施策が明記されています。ダイバーシティ経営は2025年の重要テーマであり、多様な人材活用が企業競争力向上に寄与することが政策でも強調されています。
3-2-第3問
【設問】
B社が従業員のウェルビーイング向上施策に取り組む経営上の意義を、人材確保と企業競争力の観点から120字以内で説明せよ。
【解答例】
長時間労働が常態化しやすい旅館業で労働時間管理とメンタルヘルスケアを強化し、従業員の健康と満足度を高めることで離職を防ぎ優秀な人材を確保する。働きやすい職場環境が従業員のモチベーションと接客品質を向上させ、顧客満足度と企業競争力を高める。(119字)
【解答の根拠】
与件文に「従業員のウェルビーイング向上施策(労働時間管理、メンタルヘルスケア、福利厚生充実)」とあり、具体的施策が示されています。中小企業白書2025では、「従業員を大切にする人材経営は従業員の確保・維持に貢献する」と分析されています。健康経営優良法人2025の認定動向も、ウェルビーイング経営の重要性を裏付けています。
3-2-第4問
【設問】
B社が万博終了後もインバウンド需要を維持するために、長女が計画している地域連携戦略の要点を、地方創生の観点から100字以内で述べよ。
【解答例】
海外旅行会社との継続的な連携により訪日客送客ルートを確立する。地域の農家・工芸家・飲食店とコラボし体験型観光商品を開発し、地域全体の魅力を高め周遊観光を促進し、持続可能な地域経済の活性化を図る。(100字)
【解答の根拠】
与件文に「海外旅行会社との連携」「地域の他事業者とのコラボレーションによる体験型観光商品の開発」とあります。2022年事例Ⅰ(農業法人)では、地元企業との共同開発で地域ブランド化に成功した事例が出題されており、地域連携は事例Ⅰの頻出テーマです。地方創生SDGsでも地域資源活用が重視されています。
3-2-第5問(配点15点)
【設問】
古参の男性管理職が長女の改革に抵抗を示した際、長女が取った組織内調整の手法を、80字以内で述べよ。
【解答例】
経営会議で万博の経済効果や他地域の成功事例をデータで提示し論理的に説得した。従業員対話を重視し改革の目的は会社と地域の未来を守ることと共感を得た。(79字)
【解答の根拠】
与件文に「経営会議で万博の経済効果や他地域の成功事例を丁寧に説明し、データに基づく説得を行った」「従業員との対話を重視し、改革の目的は『B社と地域の未来を守ること』であると共感を得た」と明記されています。データに基づく意思決定とコミュニケーションは、中小企業白書2025が強調する「経営力」の要素です。
4.テーマ:小売業の価格転嫁戦略とギグワーカー活用での組織柔軟化
4-1.テーマ概要と背景
業種: 地域密着型食品スーパー
企業規模: 従業員約100名(正社員40名、パート60名)、店舗数3店舗、年商20億円
立地: 地方都市の郊外住宅地
時事的背景との関連性:
2025年は物価高が継続し、中小企業の価格転嫁問題が重要課題となっています。経済産業省の「価格交渉促進月間フォローアップ調査」(2025年4~5月実施)によると、コスト上昇分を販売価格に反映させた「価格転嫁率」は52.4%と、調査開始以来初めて50%を超えましたが、依然としてコスト上昇分の半分程度しか転嫁できていません。政府は価格交渉促進月間(毎年3月・9月)を設け、発注企業に価格交渉への協力を呼びかけていますが、小売業では最終消費者への価格転嫁が難しく、収益悪化が深刻です。
中小企業白書2025では、「価格転嫁力指標」が中小企業の付加価値向上の鍵であると分析されており、適切な価格設定と顧客への説明責任が経営戦略として重視されています。コストカット戦略は限界を迎えており、付加価値や労働生産性を高める経営への転換が必要です。
人手不足も深刻化しており、2025年には生産年齢人口がさらに減少し、企業は深刻な人材確保難に直面しています。こうした中、ギグワーカーの活用が急速に拡大しています。ギグワーカーとは、単発・短期の仕事を請け負う働き方であり、企業は必要な時に柔軟に人材を確保できるメリットがあります。デジタル技術の進歩により、クラウドソーシングプラットフォームやマッチングアプリが普及し、中小企業でもギグワーカーを活用しやすくなりました。
カーボンニュートラル・脱炭素経営も2025年の重要トレンドです。2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、中小企業にもCO2排出量削減の要請が強まっており、省エネ設備導入や再生可能エネルギー活用が求められています。政府は中小企業向けに省エネ補助金やグリーン投資促進税制を整備しており、脱炭素経営は企業価値向上にもつながります。
小売業は地域住民の生活インフラであり、価格転嫁と人材確保、サステナビリティ対応という三重の課題に直面しています。これらを同時に解決する組織戦略が問われます。
4-2.与件文
C社の概要と沿革:
C社は、地方都市の郊外住宅地に立地する地域密着型の食品スーパーである。創業は1980年、現社長の父(創業者)が1号店を開業し、新鮮な地元野菜と肉・魚を手頃な価格で提供することで地域住民に支持された。現在は3店舗を展開し、従業員は正社員40名、パート60名の計100名、年商は約20億円である。
現社長(55歳・男性)は創業者の長男で、1990年に入社し2005年に二代目社長に就任した。社長就任後、2号店・3号店を出店し、POS(販売時点情報管理)システムの導入や物流センターの設置など、経営の近代化を進めてきた。C社の強みは、地元農家との直接契約による新鮮な野菜の品揃えと、従業員の丁寧な接客である。地域では「地元に根ざしたスーパー」として信頼を得ている。
経営環境の変化とコスト増の圧力:
近年、C社を取り巻く環境は厳しさを増している。第一に、原材料価格や物流コストの高騰である。2022年以降、ロシアのウクライナ侵攻や円安の影響で、輸入食材や包装資材、燃料費が大幅に上昇した。仕入価格は平均20%上昇したが、販売価格への転嫁は10%程度にとどまり、利益率が圧迫されている。
第二に、人件費の上昇である。政府の賃上げ要請や地域の最低賃金引き上げにより、パート従業員の時給を上げざるを得ない。また、少子高齢化でパート採用も難しくなっており、人手不足が深刻化している。特に、早朝の品出しや夕方のレジ対応など、短時間で集中的に人手が必要な時間帯の確保が課題である。
第三に、大手スーパーやネットスーパーとの競争激化である。近隣に大手スーパーが出店し、低価格攻勢で顧客を奪われた。また、コロナ禍を経てネットスーパーやフードデリバリーの利用が増え、若年層の来店が減少している。C社も簡易なネット注文サービスを始めたが、配送体制が整っておらず、十分な対応ができていない。
現社長は、「価格を上げれば客が離れるのではないか」という不安から、価格転嫁に踏み切れずにいた。しかし、このままでは利益が出ず、従業員への賃上げもできない。持続的な経営のためには、適切な価格設定と顧客への説明が必要であると認識しつつも、具体的な方策を見出せずにいた。
後継者の提案と新戦略の策定:
現社長の長男(28歳)は、大学で経営学を学び、外資系小売企業で店舗運営とデジタルマーケティングを3年間経験した後、2023年にC社に入社した。長男は、C社の強みである「地元密着」と「新鮮な品揃え」を活かしつつ、価格転嫁と人材確保の課題を解決する新戦略を提案した。
具体的には、①地元食材の価値を伝えるストーリーテリングと適正価格の設定、②ギグワーカー活用による柔軟な人員配置、③省エネ設備導入とカーボンニュートラル宣言による企業価値向上、④デジタル技術活用による業務効率化、の4本柱である。
第一の価格転嫁戦略では、長男は「価格を上げる」のではなく「価値に見合った価格を正当に受け取る」という発想の転換を提唱した。C社が扱う地元野菜は、契約農家が有機栽培や減農薬で丹精込めて作ったものであり、その品質と安全性は大手スーパーの一般野菜とは異なる。長男は、店内に農家の写真やメッセージを掲示し、商品の背景を伝える「ストーリーテリング販売」を導入した。また、POPや店内放送で「なぜこの価格なのか」を丁寧に説明し、顧客の理解を得る努力をした。結果、一部の商品で価格を上げても、顧客からの苦情は少なく、むしろ「応援したい」という声が寄せられた。
第二のギグワーカー活用では、長男は「タイミー」などのギグワーカーマッチングアプリを導入し、早朝や夕方の繁忙時間帯に必要な人手を柔軟に確保した。ギグワーカーは若年層が多く、デジタルツールの操作に慣れており、レジ対応や品出し作業を迅速にこなす。正社員・パートとギグワーカーを組み合わせることで、人件費を抑えながら必要な時間帯の人員を確保できた。ただし、ギグワーカーは作業品質にばらつきがあるため、マニュアルを整備し、正社員がサポートする体制を構築した。
第三の脱炭素経営では、長男は省エネ型冷蔵設備の導入や店舗照明のLED化を進め、CO2排出量を削減した。また、レジ袋有料化に加えて、プラスチック容器の削減や食品ロス削減キャンペーンを展開し、地域のサステナビリティ意識向上にも貢献した。これらの取り組みを「カーボンニュートラル宣言」として対外発信し、企業イメージの向上を図った。
組織の変革と社長の決断:
長男の提案に対し、社内には戸惑いもあった。古参の店長は「ギグワーカーに任せて大丈夫か」「価格を上げたら客が減る」と懸念を示した。長男は、他社の成功事例や政府の価格交渉促進施策を紹介し、「適正な価格転嫁は持続的経営に不可欠であり、顧客も理解してくれる」と説得した。また、ギグワーカーの活用については、正社員の負担軽減と働き方改善につながることを強調し、現場の協力を得た。
現社長は、長男の論理的な説明と実行力を評価し、2024年に長男を経営企画室長に任命し、新戦略の全社展開を指示した。また、長男を次期社長候補として明確に位置づけ、経営会議や取引先との交渉に同席させ、権限委譲を進めている。
今後の展望と地域への貢献:
C社は、価格転嫁と人材活用の新戦略により、①適正価格での販売と利益率改善、②柔軟な人員配置と従業員満足度向上、③脱炭素経営による企業価値向上、④デジタル技術活用による業務効率化、を実現し、持続可能な経営を目指す。また、地域の食の安全・安心を守る社会的使命を果たし、地方創生にも貢献する。長男は、将来的にはオンライン販売の拡充や、地域の飲食店・学校給食への食材供給など、新たな事業展開も視野に入れている。
4-3.設問と解答例
4-3-第1問
【設問】
C社が価格転嫁に踏み切れなかった理由と、それが経営に与えていた影響を、100字以内で説明せよ。
【解答例】
価格を上げれば顧客が離れるという不安から適切な価格設定ができず、コスト増を自社で吸収し利益率が圧迫された。その結果、従業員への賃上げができず人材確保も困難になり、持続的経営が危ぶまれる状況に陥っていた。(99字)
【解答の根拠】
与件文に「『価格を上げれば客が離れるのではないか』という不安から、価格転嫁に踏み切れずにいた」「このままでは利益が出ず、従業員への賃上げもできない」と明記されています。中小企業白書2025でも、価格転嫁の遅れが付加価値向上を阻害すると指摘されています。
4-3-第2問
【設問】
長男が提案した「ストーリーテリング販売」による価格転嫁戦略の要点と、その効果を組織戦略の観点から150字以内で述べよ。
【解答例】
地元農家の有機栽培や減農薬への取り組みを店内で可視化し商品の背景を伝えることで、顧客に価値を理解させ適正価格を受け入れてもらう。価格の正当性をPOPや店内放送で説明し顧客の共感を得る。適正価格での販売により利益率が改善し、従業員への賃上げと人材確保が可能になり持続的経営を実現する。(149字)
【解答の根拠】
与件文に「店内に農家の写真やメッセージを掲示し、商品の背景を伝える『ストーリーテリング販売』」「POPや店内放送で『なぜこの価格なのか』を丁寧に説明」「一部の商品で価格を上げても、顧客からの苦情は少なく、むしろ『応援したい』という声」と具体的に記述されています。価格転嫁は2025年の重要課題であり、顧客への説明責任が鍵です。
4-3-第3問
【設問】
C社がギグワーカーを活用する際の組織人事上のメリットと、品質管理上の課題への対応策を120字以内で説明せよ。
【解答例】
メリットは、繁忙時間帯に必要な人員を柔軟に確保し正社員・パートの負担を軽減できること、人件費を抑制できること。課題への対応策は、作業マニュアルを整備しギグワーカーの品質ばらつきを抑え、正社員がサポート体制を構築し業務品質を維持すること。(119字)
【解答の根拠】
与件文に「早朝や夕方の繁忙時間帯に必要な人手を柔軟に確保」「人件費を抑えながら必要な時間帯の人員を確保」「ギグワーカーは作業品質にばらつきがあるため、マニュアルを整備し、正社員がサポートする体制」と明記されています。ギグワーカー活用は2025年のトレンドです。sogyotecho+1
4-3-第4問
【設問】
C社が脱炭素経営に取り組む経営上の意義を、企業価値向上と地域貢献の観点から100字以内で述べよ。
【解答例】
省エネ設備導入とCO2削減により環境負荷を低減しカーボンニュートラル宣言で企業イメージを向上させ顧客・取引先からの信頼を獲得する。地域のサステナビリティ意識向上に貢献し社会的使命を果たす。(97字)
【解答の根拠】
与件文に「省エネ型冷蔵設備の導入や店舗照明のLED化」「カーボンニュートラル宣言として対外発信し、企業イメージの向上」「地域のサステナビリティ意識向上にも貢献」と記述されています。脱炭素経営は2025年の重要トレンドです。
4-3-第5問
【設問】
長男を経営企画室長に任命し次期社長候補として育成する際、新戦略の実行を通じて習得させるべき経営者能力を、80字以内で述べよ。
【解答例】
価格戦略の立案力、データに基づく意思決定力、組織内外の調整力、新技術やトレンドを経営に活かす先見性、従業員や顧客との対話を通じた共感形成力、社会的使命を果たす責任感。(89字)
【解答の根拠】
与件文に「論理的な説明と実行力」「経営会議や取引先との交渉に同席」とあり、実践的な経営訓練が行われています。中小企業白書2025では、経営者の「戦略策定面」として、経営計画策定・実行、差別化、適切な価格設定を行う戦略的経営が業績向上に寄与すると分析されています。meti
5.総括
2025年度の事例Ⅰでは、DX・AI活用、大阪万博、価格転嫁という2025年特有の時事トレンドを反映しつつ、事業承継・後継者育成と組織変革という一貫したテーマが継続すると予測されます。3つのテーマはいずれも、後継者が変革の旗振り役となり、環境変化に対応した組織戦略と人材マネジメントを実践する物語です。
”テーマ1(製造業DX)”は、2025年の崖とリスキリング支援を背景に、AI人材育成と組織文化変革を問います。”テーマ2(観光業万博活用)”は、大阪万博と女性活躍推進を背景に、ダイバーシティ経営とウェルビーイング向上を問います。”テーマ3(小売業価格転嫁)”は、物価高とギグワーカー活用を背景に、価格戦略と柔軟な人材活用を問います。
受験生の皆様は、2025年の中小企業白書、働き方改革関連施策、DX・AI動向、女性活躍推進、価格転嫁問題、大阪万博、カーボンニュートラルなどの時事知識を整理し、事例Ⅰの本質である「人と組織」の視点で解答できるよう準備されることを推奨します。本予測が皆様の合格の一助となれば幸いです。


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